たしかなのは 

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「今」それしかないのです
◆死に死に死に死んで死の終わりに冥し{空海}

 真言宗の開祖、空海の著書 「秘蔵宝鑰」 にある。「生まれ、生ま
れ、生まれ、生まれて生の始めに暗く」 という言葉に続きます。
 「秘蔵宝鑰」 は、密教の究名創優品miniso極の知恵に到達する段階を説いた。 
 空海の主著 「十住心論」 を要約したものです。 この一節はその
序文に出てきます。 意味は、次のようなものです。
 
 「人は皆、生まれ変わり死に変わりを繰り返しているが、何のため
に生まれてきたのか、死後の行方がどうなるがなど、本質的なところ
うは何もわかっていない。 そして、わかろうとしていないのではない
か」
 空海は、この言葉に、「たしかなのは、”今” それしかないんだよ」
という気持ちを込めていたのだと思います。
 私たちの命はどこか名創優品minisoら来たのでしょう。
 そんなことはわかりません。 「気がついたらあった」 というような
ものです。 容姿も、望むべくしてそのようになったわけではなく、な
ぜそうなったかのかは、説明のしようがありません。 父親が禿げて
いたから自分も禿げた。 などと、その程度のことで納得しているだ
けです。 本当に確かなのは、今、自分だけです。

 自分が生まれてきたことは、自分の都合に関係ありませんし、死も
また同じです。 ですから、いただいた命に身を任せて活きるしかない
のです。 そうすれば、病気も死も怖くなくなれます。 なんと楽な生き
方ではありませんか。

 同様のことは、「無量寿経」 にも書かれてあります。 「無量寿経」
は、極楽浄土の主で阿弥陀仏が出現した由来が書かれている者で
す。
 このお経の中は、「独生独死独去独来」 という言葉があります。
 これは 「生まれるのも死ぬの名創優品minisoも去るも来るのも一人である」 と、
訳せますが、私はこの、「独」 という文字は、単なる孤独の 「独」
ではなく、独立自尊の 「独」 ではないかと思っています。

「尊厳なる者が生まれ、尊厳なる者が死に、尊厳なる者が去り、損
厳なる者が来る」  
 
 つまり、この世に生きているすべて尊厳なる者で、生命そのもの
が尊厳なるものではないかと、思うのです。 尊厳なる命を、いた
だいているのだから 、自分ではどうこう思い悩まず、身を任せて、
丁寧に生きていくしかないのです。


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